YEAR

2020年

キルディ ビーズエプロン  

キルディの女性用のビーズのエプロン。 色柄で社会的地位(思春期や結婚や出産や未亡人)・民族の起源などなど特定な事柄を表し、近隣で共通の認識があるようです。 カメルーン独立期頃の1961年から服を着る法律ができたようで、それ以降は伝統文化として残っているようです。     因みに、キルディKirdiとはフラニ語またはカヌリ語で”異教徒”を指す言葉で、 イスラム教に改宗しないで伝統的な信仰を続けている小さいエスニックグループの人達の総称で、植民地以降に使われたそうです。 フォリFoli 、マタカムMatacom、など貨幣や人形で知られている人々も入ってます。     キルディは大体地図の赤丸あたりに居る人たちで、ナイジェリア・カメルーン・チャドの国境辺で、かなり多くのエスニックグループがいるエリアです。(ナイジェリアが大体200~300、カメルーンが270くらいエスニックグループがあるそうで、両国にまたがってるグループもあり) 地図の色は~語族で色が分かれていますが、キルディがいる赤丸のエリアはカラフルで、色々な文化を持った人々が特に入り混じった地域です。     ■キルディ関連のyoutube動画がありました。 ダンスの動画です。あの、貨幣持って踊ってる!あのマラカスもはめて、あのどんぐり型の帽子のかぶってます。 音もダンスもかっこいいです、見てみてください。 Cameroon, Oudjilla, traditional dance    

ファンティ アサフォの旗

アサフォ(ASAFO)は、ファンティ(FANTHI)の軍事組織の総称です。 名前は戦争を意味する「sa」と人々を意味する「fo」に由来します。 ガーナ沿岸に住んでいたファンティの人々に国はなく、軍隊がなっかたので町や村ごとに私兵組織をつくっていたといわれます。(その頃、隣国に強大なアシャンティ王国が存在しています。)   こちらはそのアサフォ軍団(asafo)の旗の一つです。 旗は15世紀以降にギニア湾から入ってきたヨーロッパ人と同盟を結んだ頃から作られ、コットンを使うようになったのはイギリスが宗主国になった19世紀以降のようです。 旗はそれぞれの軍団の”強さ”のシンボルで、軍団は近隣の強国に対抗するため団結する時もありましたが、お互いライバル的な存在でもあったため、歴史的出来事・ことわざなどを挑発的に表現しているものものも多いです。     いろいろなモチーフは乗り物や武器だけでなく、動物・人など様々で、権力や強さや同盟を象徴したユニオンジャックは独立後にガーナ国旗に代わります。 この旗を作っていた職人は、各町にいたのか、それとも代表的な工房がそれぞれのアサフォ軍団から請け負って製作していたのか、少しきになるところですが、 お互いの軍団が競いあい(小競り合い)ながらも、いざという時は団結出来るビジュアルの統一感は絶妙です。   飛行機の旗が作られたころは第一次世界大戦中が多く、ファンティの人々は宗主国の英国に忠誠を尽くすとともに、独立の話し合いがはじまったのもこの頃のようです。 飛行機は自由にどこへでも行けるという事を表すようで、アサフォ軍団は其々アサフォ神社?のような建物があり、エルミナ(Elmina ※2)の神社には飛行機も祀られています。   言葉にすると厳つく深く、ビジュアルはナイーブなアサフォの旗、そんなギャップも魅力のひとつかもしれません。 →オンラインショップ   ※2エルミナ Elmina  (Wikipediaより抜粋) 1471年当時ギニアと呼んだこの地をポルトガルが訪れ、ギニア湾の防衛基地とするサン・ジョルジェ・ダ・ミナ城(エルミナ城)をつくり、奴隷貿易の拠点となったガーナの都市     ■ASAFO 関連のYouTube動画。 Tateのキュレーターの解説など3本、歴史とも絡んでいて結構参考になります。 見方や解釈は色々あるかもしれませんが、旗がアートになってゆく、、、   Asafo Flags: Stitches Through Time