アサフォ(ASAFO)は、ファンティ(FANTHI)の軍事組織の総称です。
名前は戦争を意味する「sa」と人々を意味する「fo」に由来します。
ガーナ沿岸に住んでいたファンティの人々に国はなく、軍隊がなっかたので町や村ごとに私兵組織をつくっていたといわれます。(その頃、隣国に強大なアシャンティ王国が存在しています。)
こちらはそのアサフォ軍団(asafo)の旗の一つです。
旗は15世紀以降にギニア湾から入ってきたヨーロッパ人と同盟を結んだ頃から作られ、コットンを使うようになったのはイギリスが宗主国になった19世紀以降のようです。
旗はそれぞれの軍団の”強さ”のシンボルで、軍団は近隣の強国に対抗するため団結する時もありましたが、お互いライバル的な存在でもあったため、歴史的出来事・ことわざなどを挑発的に表現しているものものも多いです。
いろいろなモチーフは乗り物や武器だけでなく、動物・人など様々で、権力や強さや同盟を象徴したユニオンジャックは独立後にガーナ国旗に代わります。
この旗を作っていた職人は、各町にいたのか、それとも代表的な工房がそれぞれのアサフォ軍団から請け負って製作していたのか、少しきになるところですが、
お互いの軍団が競いあい(小競り合い)ながらも、いざという時は団結出来るビジュアルの統一感は絶妙です。
飛行機の旗が作られたころは第一次世界大戦中が多く、ファンティの人々は宗主国の英国に忠誠を尽くすとともに、独立の話し合いがはじまったのもこの頃のようです。
飛行機は自由にどこへでも行けるという事を表すようで、アサフォ軍団は其々アサフォ神社?のような建物があり、エルミナ(Elmina ※2)の神社には飛行機も祀られています。
言葉にすると厳つく深く、ビジュアルはナイーブなアサフォの旗、そんなギャップも魅力のひとつかもしれません。 →オンラインショップ
※2エルミナ Elmina (Wikipediaより抜粋)
1471年当時ギニアと呼んだこの地をポルトガルが訪れ、ギニア湾の防衛基地とするサン・ジョルジェ・ダ・ミナ城(エルミナ城)をつくり、奴隷貿易の拠点となったガーナの都市
■ASAFO 関連のYouTube動画。
Tateのキュレーターの解説など3本、歴史とも絡んでいて結構参考になります。
見方や解釈は色々あるかもしれませんが、旗がアートになってゆく、、、
Asafo Flags: Stitches Through Time